勇気の出た本(2009年5月8日)


このゴールデンウィーク中の2日間で一気に読んだ本があります。山口二郎氏著『政権交代論』(岩波新書、2009年)です。
この本は、アメリカ・イギリスの政治制度と比較しながら、なぜ日本には持続的な政権交代がないのか、政権交代はいかにして起きるのか、そして民主党は政権を担えるのか、また今後のあるべき政治の在り方までを実にわかりやすく論じています。
また、何よりもこの本のすごさは、新自由主義を批判し、新しい社会民主主義的な政治を目指すということを明確に示していることです。でも、かといって、昔のようなバラマキ政治の復古を行うのではなく、介護・教育といった新しい「共生空間」を創出・強化することで新しい社会の実現を具体的に提言しています。
この本を読んで改めて感じましたが、新自由主義時代のキーワードが「自由・成功」であったならば、ポスト新自由主義(ポスト近代)時代のキーワードは「共に生きる」ということになるのでしょう。人びとが不安や恐怖に押し潰されずに生きられる社会を実現すること。これが時代の焦点になってきているのだと確信しました。
それは歴史学にも反映されていて、前々回のここでも取り上げた『戦争と戦後を生きる』(大門正克氏著)という本とも共鳴するのではないかと思います。また小社から4月に出版した『移民・難民・外国人労働者と多文化共生』(増谷英樹編)で取り上げている、日本の中で様々な民族と共生していく国づくりの試みにもつながっていきます(ちょっと自社の本を宣伝させていただきました)。
そして、この『政権交代論』の終わり近くではポピュリズム(大衆迎合主義)について社会学者のリチャード・セネットの言葉を引用して以下のような印象深いことを述べています。
現代政治がメディアによってワイドショー化するのは不可逆である(つまり元に戻ることはできない。かつてはこうでなかったのにと懐旧にひたってもしかたがない)。そして、メディアが社会保険庁批判のように政府・官僚組織が犯す誤りをたたくのは、その重要な役割のひとつであると言える。しかし、悪をたたくこと自体がステレオタイプ化(判で押したように同じ考えや態度・見方が、多くの人に浸透している状態になること)するとき思考停止が始まり、それに共鳴している人びとはポピュリズムの担い手となってしまう。そして民主政治は劣化する。どこまでが正当な批判で、どこからがステレオタイプ化なのかはわかりにくいので、劣化を避けるには、なるべく多様な言論を並存させ、そういう言論の摩擦・軋轢のなかでステレオタイプ化を崩していくしかない。(以上の文章のカッコの中は私なりの補注です)
そして、その突破口は「視点をずらす」思考をメディアのなかに組み込むことだと言っています。テレビのような大量消費型のメディアに対抗する、「職人技(クラフトマンシップ)」のメディアの必要性。
「視点をずらす」というのは森達也氏の言葉だそうですが、ちょっとわかりにくいので、わたし流に解釈すれば、「別の提案をする」ということになるのではないかと思っています。つまり、安直な万人受けを目指す大メディアの論調とは違う、それに異論を投げかけるような、「職人技」による「別の提案」を発信していくことこそ、うちのような小出版の役割ではないかと思った次第です。
この本は、これからの日本の政治にも、また私自身の仕事にも勇気を与えてくれました。
ぜひ解散・総選挙になる前に読んでおくことをお薦めします。